Q3.35年前に父親から譲り受けた薬局を経営している。そろそろ引退したいが、自宅も別荘もすべて会社名義…。どうすれば?

山本栄一さん(仮名・69歳)は2代目社長です。「うちの薬局の歴史は、父が関西の名門総合病院の門前薬局として開局したことから始まりました。『医薬分業は、これから広がっていく』と言われたはしりのころです。父の店は、商才に溢れた総合病院と二人三脚で地域の患者さまの深い信頼を得ることができ、経営は順風満帆でした。そんな父の店は誇らしかったですね」

山本氏にとって父親が経営する薬局を継ぐのは当然だったし、そのための努力もしました。薬学部で最難関の大学に入ったのも、父の名に恥じないようにとがんばったからです。

ところが山本さんの二人の子供達は違う道に進んでしまいました。長男は医者になり、長女は東京に嫁いでしまいました。一時はスタッフに譲渡することも考えましたが、いずれのスタッ35年前に父親から譲り受けた薬局を経営している。そろそろ引退したいが、自宅も別荘もすべて会社名義…。どうすれば?25第1章事業譲渡と株式譲渡Q&Aフも専門職志向が強く、経営者になることには難色を示しました。親が築きあげた薬局を何とか残したいとあれこれ方策を考えているうちに、いつのまにか69歳。仮に倒れたりすれば、薬局は廃業にもなりかねません。

「そんなことなら第三者に経営をゆだねて名前だけ、それがだめなら店舗だけでも残す方がはるかにマシ。ここにきて、やっと、店を手放す決意が固まりました」(山本氏)。

先代も、山本さんも、子供が薬剤師を継ぐことを前提に資産を増やしてきました。税理士の先生のアドバイスに従って、賃貸用マンション、別荘、クルマなど、主だった資産はすべて会社名義です。その方が税金が安くなると言われたからです。もちろん会社名義ですから、不動産は社宅として、別荘等は保養所としてスタッフが最優先で利用します。福利厚生施設が充実していることはスタッフの定着率の向上にもつながり、これまではいい循環が働いていました。

ところが、会社を第三者に譲渡するとなれば話は違います。会社を譲れば、多くの財産が会社とともに第三者の手に渡ってしまいます。お店を手放すのですから、せめて父親が築いてきた財産は取り崩したくありません。かといって、店舗だけを手放す事業譲渡では、法人税が非常に高くつくと噂に聞いているので不安です。会社ごと譲渡して、必要な資産だけ買い戻すという手はどうかと勧める人もいます。

父親から譲り受けた資産はできるだけ残したいという山本さんが選択すべき手段は、事業譲渡でしょうか。それとも株式譲渡?

A.事業譲渡すっきり薬局だけ事業譲渡することで逆に高く評価されることもあります。

まず、山本さんの希望を整理してみましょう。ひとつは、お父様のお店をできるだけ、もとの形で残すこと。もうひとつは、店舗以外の資産を店舗から切り離して、山本さん個人の資産にすることです。

このふたつの条件を満たすことができる方法が、ズバリ「事業譲渡」なのです。事業譲渡で得た所得は法人税の対象になります。山本さんは、そこにかかる約4割と高額な法人税を心配しているようですが、同時に山本さんの退職金を取るなど店舗の収益が下がる手段を講じておけば、それほど怖がる必要はありません。

ただし、退職金を取るなど対策を講じず、店舗の譲渡だけをすれば、事業譲渡で得た所得にまるまる法人税がかかります。山本さんが恐れているのは、こうしたケースでしょう。

一方、店舗を買う側はどうでしょうか。山本さんのお店のような一等地の高額物件を買う相手は、たいてい大手か中堅のチェーン店でしょう。彼らはスピーディに店舗数を増やしたいので、M&Aに熱心なわけです。いいかえれば欲しいのは店舗だけ。店舗運営に関係がないマンションや別荘など余分なものがついてくる株式譲渡より、シンプルな事業譲渡が好まれます。

売主にとっても、店舗とそれ以外の資産をきちんと分け、整理しておくことは、後々の相続の時に役立つはず。事業譲渡を「資産整理のいい機会」と捉えてみるのはいかがでしょうか。

事業譲渡、山本さんの場合

父親から譲り受けた他の資産を崩さずに、薬局だけ売りたい。そんな山本さんに最適なのは「事業譲渡」。図にすると下のようになります。

事業譲渡

薬局系事業承継の決定版
「上手に薬局を譲渡するための、たった一つの方法」より

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